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東京地方裁判所 平成元年(合わ)8号 判決

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

理由

(被告人の身上経歴及び犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三〇年二月二五日、栃木県宇都宮市の本籍地において、農業を営む傍ら日本国有鉄道の職員として勤務していた亡父甲野一郎、亡母春子の次男として出生したが、出産時、へその緒が首に巻きつき仮死状態で生まれた未熟児であった。被告人は、内向的、非社交的な性格で、宇都宮市立○○小学校の高学年のころから人を避けるようになり、親しい友人もおらず、小学校六年生まで夜尿症があり、また、同市立○○中学校の三年生の三学期には腎臓病で長期間入院するなど虚弱な体質であった。

被告人は、昭和四八年三月栃木県立××高等学校を卒業した後は、栃木県立△△学校建築製図科を経て、昭和四九年四月木工所に就職したが、病身の祖父母の面倒を見るためすぐに退職して二年間ほど稼働せず、昭和五一年九月に店舗内装の設計、施工等を業務内容とする株式会社○○○に入社し、製図、営業等の仕事をした。同社勤務中、同僚である人妻と暫くの間交際したこともあったが、昭和五六年八月に退社した。被告人は、その後印刷工等を経て、昭和五八年九月段ボール製造、販売を業務内容とする××紙器株式会社に入社し、段ボール製造に従事したが、昭和五九年一月対人関係や仕事上の悩みなどから失踪し、青木ヶ原樹海で自殺を図るなどして退社した。被告人は、同年四月健康食品等の販売を業務内容とする株式会社△△△センターに入社し、その後、同社系列の小山店に移り、一人暮しをしながら健康食品の販売に従事し、同店の店長代理を務めるまでになったが、仕事上の行詰りを感じたことなどから、昭和六二年一一月失踪して、各地を転々とし、千葉県君津市内の工事現場で働くなどした後帰宅した。なお、失踪の前日には、衝動的に強姦の目的で同僚の女性に対し後ろから手で口を塞ぎスパナで殴りかかるなどの暴行を加えている。その後、被告人は、昭和六三年二月に写真製版を業務内容とする株式会社×××製版に入社し、同年三月から宇都宮市内の肩書住居において一人で暮すようになった。当初は印刷を担当していたが、同年四月中旬に職務が営業に変わり、同年五月には辞表を提出したが、慰留されて勤務を続けていた。

被告人は、昭和五〇年三月ころから祖父母、伯父等の近親者が相次いで死亡したことなどから霊や超能力に興味を持ち、これらに関する本や雑誌を読むようになったが、昭和五六年六月に母春子が入院し胃がんの手術を受けた際には、先祖の悪い霊を供養するためと称していわゆる霊能者に三〇万円を寄付したり、昭和六一年一月に父一郎が母春子と同じ胃がんで死亡した時には、先祖の成仏していない霊のたたりだなどと近親者に言ったりしたことがあった。

被告人は、また、二〇歳のころからいわゆる個室付特殊浴場に通っていたが、それに満足していなかったところ、二三歳のころからはストリップに魅力を感じ、それが女性の下着への興味に発展し、さらにそれが高じて、二八歳のころからはいわゆるSMに興味を持つようになり、SMに関する雑誌や道具を買い求めるようになった。昭和六三年六月、兄の甲野二郎に預けてあった貯金通帳を返してもらい、自分の自由にできる金銭が増えたこともあって、そのころから度々上京して都内のSMクラブに行くようになり、特にいわゆるアナルセックスに興味を覚えていた。SMクラブで他の客から、SM嬢の体に傷をつけると背後にいる暴力団関係者から金員を請求されることがあるという話を聞かされたこともあった。その間、同年七月三日ころ、SM嬢を脅し、恐ろしがって逃げ出したSM嬢が残したSM道具類在中のバッグを盗み、同月四日ころには、SMプレイの後、SM嬢を意識不明にさせて意のままにSMプレイをしようとして、いきなりSM嬢にシンナー様のフィルムクリーナーを嗅がせたが、抵抗されて逃げられ失敗するという事件を起こしている。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六三年八月六日、東京都港区東麻布所在のホテルアルファインにおいて、SMクラブ「○○○マドンナ」から派遣されて来たSM嬢のA子(当時二四歳)とSMプレイをして、同女に好意を抱き、その際、洋服をプレゼントした上、電話番号を聞き出し、その後同女に度々電話をかけてデートに誘い、同月一二日午後に新宿で待ち合わせて、食事、買物をした後、午後六時ころから被告人の運転する乗用車でドライブし、翌一三日午前二時ころ、山梨県甲府市向町下中道四七五番地五所在のホテル京都五号館に入り、同所で同女と性交したが、その際、被告人が同女の膣内に射精したため、同女から「射精したね。子供ができたらどうするの。責任取ってもらうからね」と強い口調で言われたが、被告人は「明日話そう」などと言ってそのまま寝たところ、同日朝になって、被告人がシャワーを浴びている時、再び同女から「貯金どれくらい持っているの。五〇〇万円出して責任取って欲しいんだけど。SMをやっていればこれから先五〇〇万円位は稼げるんだけど、子供ができればその分稼げなくなるんだから」「すぐ事務所の方と連絡を取って払ってちょうだい」などと強く要求されたため、被告人としては、恋愛感情を抱いていた同女からこのように大金を要求されたことに対し、裏切られたという思いが慕り同女に憎しみを抱くとともに、背後にいると思われる暴力団関係者から執拗に金員を要求されるなどの危害を加えられることを恐れて、同女を殺害しようと決意し、同日午前八時ころ、同所において、SMプレイを装って、同女に口枷、手枷、足枷をした上、ベッドにうつ伏せに寝かせ、愛撫をしながら、同女の背後から頸部に人絹製ロープを巻きつけて強く絞め、よって、そのころ、同所において、同女を頸部圧迫による急性窒息により死亡させて殺害し、

第二  右犯行の直後その犯跡の隠蔽を図ろうと考え、右A子の死体を、前記ホテル京都から乗用車に乗せて運び出し、同日午後七時三〇分ころ、同県西八代郡上九一色村大字精進字見窪山五一六番地の一先同村村道大和田線路上から、西側崖下の山林に投棄して遺棄し、

第三  右犯行後は通常どおり稼働していたが、再度SMプレイをしたいという欲望に駆られ、同月下旬ころ、上京して都内のSMクラブで一度プレイをした後、同年一〇月八日午後五時三〇分ころ、東京都豊島区北大塚二丁目一八番二号ホワイトホテル六〇五号室において、SMクラブ「××」から派遣されて来たSM嬢のB子(当時二六歳)とSMプレイをしたが、同女の口に手拭を押し込み、両手を後手にロープで縛り、足枷をしてベッドにうつ伏せにして同女の身体を愛撫するうち興奮が高まり、同日午後六時二〇分ころ、同女の承諾を得ないままアナルセックスを無理に行おうとしたため、同女が手で被告人の体を引っかいたり、足でベッド脇の鏡を蹴るなどして激しく抵抗し、被告人がこれを仰向けにして押さえつけたが、そのうち同女の口から手拭がはずれかけ、「助けて」と声を出したため、再び手拭を同女の口に押し込んだ上、同女の顔に布団をかぶせ、気絶させて逃走しようと考えて布団の上から同女の鼻口部を押えたが、なおも同女が激しく抵抗し続けたことから、被告人としては、このままでは被告人自身の体力が尽きるとともに、一時間のプレイ時間が過ぎても連絡がないことからSMクラブの関係者が来て、その結果、右B子とのトラブルのことで、背後にいると思われる暴力団関係者から危害を加えられるかも知れず、それを逃れるには右B子を殺害して逃走するほかないと考えて、同日午後六時三〇分ころ同女の殺害を決意し、同女の上に馬乗りになり、布団の上から右手で鼻口部を押え続けるとともに、左手で同女の頸部を強く絞めつけた上、さらに布団を剥いで、直接頸部を両手で強く絞めつけ、よって、そのころ、同所において、同女を頸部圧迫による急性窒息により死亡させて殺害し、

第四  同日午後七時三〇分ころ、前記ホワイトホテル六〇五号室において、前記B子所有の現金約八万円を窃取したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第三の各所為はいずれも刑法一九九条に、判示第二の所為は同法一九〇条に、判示第四の所為は同法二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第一及び第三の罪について所定刑中いずれも無期懲役を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑によって処断し他の刑を科さず、よって被告人を無期懲役に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、被告人が、判示第一及び第三の各殺人の犯行の当時、未熟児仮死状態による出生時脳障害、分裂病性の人格障害及び神経症の三重の負荷の下に心因反応を呈し、心因反応性の抑うつ、妄想状態を生じていたため、是非弁別に従って自己の行為を制御する能力が著しく減弱しており、心神耗弱の状態にあった旨主張するので、この点について判断する。

証人徳井達司の当公判廷における供述及び同人作成の精神鑑定書によると、被告人の本件各犯行時及び現在の精神状態について、「被告人には、出生時障害に基づくと思われる軽度の脳機能障害が認められ、関連を想定される特有な人格障害がある。人格障害に相関して短絡行為を流出し易いが、行為時にも粗大な意識障害や病的な人格の崩壊には至らない。本件各犯行は、いずれも正常心理的了解範囲にあり、犯行時、理非善悪の判断やその判断に従って行動する能力を喪失又は著しく減退させるような精神病的関与があったと思えない。現在、精神病状態を診定し得る所見は認められない」旨鑑定されているところ、右徳井医師は、これまでに約六〇件の精神鑑定をした経験がある上、被告人の精神鑑定に当たっては、一件書類を通覧したほか、被告人を一か月余りにわたって鑑定留置し、約一時間前後の問診を一二回行い、身体的検査及び心理学的検査の結果をも総合して考察しているのであって、同人の右鑑定には何らその信用性を疑わせる事情は認められない。

そして、本件各犯行の動機、原因につき検討するのに、前掲関係各証拠によれば、その動機等はそれぞれ判示のとおりであることが認められるところ、被告人の性格、被害者との関係、本件各犯行に至る経緯、特に被告人はSMクラブの客の話やSM関係の雑誌等から、SM嬢の体に傷をつけたりトラブルを起こしたりすると背後にいる暴力団関係者から金員を要求されるなどの危害を加えられることがあることを知っていたことなどに照らすと、右動機等はいずれも十分了解可能なものである。

また、本件各犯行の態様等をみるのに、前掲関係各証拠によれば、A子に対する犯行において、被告人は、被告人自身が被害者よりも体力的に劣っていることを考えて、SMプレイを装って被害者の身体の自由を奪い抵抗を困難にして殺害しようと企て、これを実行していること、ベッド近辺にある鏡に映った被告人の姿から殺害の意図を被害者に悟られないように、ベッド上での被害者の位置及び姿勢を考慮していること、犯行発覚防止のため被害者に服を着せて乗用車で運び出し、運搬中も死体であることを隠蔽する努力をしていることが認められる。他方、被害者B子に対する犯行においては、被告人は、判示のとおり、布団をかぶせ手で鼻口部を押えたのに被害者の抵抗が一向に治まらない事態に遭遇し、より効果的に殺害できるように布団を剥いで直接両手で同女の頸部を絞めつけるなどの合理的な行動をとっていること、犯行後も、犯行発覚防止のため、被害者に布団を掛け、その上衣等を隠した上、ホテルのフロントに電話をして休憩から宿泊への変更の手続を取るなどしているほか、不審に思い事情を調べに来たホテル従業員等に対しても正常に応対していることが認められる。そして、右各犯行において、特に異常さを窺わせるような事情は見出せない。以上によれば、被告人は本件各犯行時及びその前後を通じ、具体的な事態の推移に対応して、合理的な判断に基づき、合理的に行動していたものと言うことができる。

次に、被告人の捜査、公判の各段階における供述をみるのに、その供述内容は、本件各犯行及びその前後の状況についてほぼ一貫しており、具体的かつ詳細であって、これらの状況につき被告人は十分な記憶を有しているものと認められる。

さらに、前掲関係各証拠によれば、被告人は、その犯行前の生活歴において、性格は内向的で、対人交流に問題があり、時折衝動的な行動に出ることもあったが、それ以上に特に病的な異常性を感じさせるものはなかったことが認められ、また、被告人には霊に関する言動がしばしば見られるが、これは被告人の霊に対する興味及び知識に基づくものであって了解可能と言うべきである。

以上の事情を総合すれば、被告人は本件各殺人の犯行当時、是非善悪を弁識しこれに従って行動する能力が著しく減退した状態になかったものと認められるから、弁護人の右主張は採用できない。

二  次に、弁護人は、被告人には、判示第一のA子に対する殺人の犯行につき自首が成立する旨主張するので、この点について判断する。

前掲司法警察員作成の昭和六三年一一月八日付及び平成元年一月一二日付各捜査報告書、検察事務官作成の捜査報告書、被告人の検察官に対する平成元年一月一二日付供述調書等によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

B子に対する殺人事件で昭和六三年一〇月一九日被告人を逮捕し、その捜査に当たっていた巣鴨警察署の警察官らは、被告人のSM歴に関する供述の裏付捜査中、「○○○マドンナ」に同年八月ころから所在不明となっているSM嬢がいること、同女が麻布警察署に捜索願の出ているA子と同一人であること、麻布警察署において、右A子のノートに八月八日付で「山田 服くれた人」、同女の部屋のカレンダーの八月一二日欄に「2:○○ 山田 新宿」という記載があることから、「山田」という人物がA子との最終的な接触者であるとして捜査していることを認知し、被告人とプレイした「○○○マドンナ」のSM嬢がA子であることが濃厚になったため、同年一一月六日の取調の際、被告人にA子の写真を閲覧させ、「六本木でもSM嬢がいなくなっていることで警察はいろいろ捜査しているんだが、お前がやっているんだったら言わなくてはいけないよ」などと追及したところ、被告人は一旦否認し、その後警察官の「今彼女はどこにいるんだ」という質問に対し、被告人は「樹海にいます」と答え、その後、本件A子に対する殺人、死体遺棄の犯行を詳細に自供するに至った。

以上の事実関係の下においては、A子に対する殺人について、被告人が捜査機関に対し自発的に犯罪事実を申告したものとは認め難いから、被告人の右自供は自首に当たらず、弁護人の右主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人がSMクラブで知りあったSM嬢をドライブ先のモーテルで殺害し、その死体を遺棄し、その二か月足らずのうちにSMプレイ中のトラブルからSM嬢を殺害し、さらにその所持金を窃取したという事案である。

被害者両名に対する犯行の動機は、それぞれ判示のとおりであるところ、いずれも極めて自己中心的、短絡的なものであって酌量の余地は全くない。

その態様をみても、被害者A子に対する犯行は、SMプレイを装い手枷、足枷をするなどして身体の自由を奪った上、背後からロープを巻きつけて強く絞めて窒息死させたもので、卑劣、残忍であり、殺害後も、犯行が発覚しないように巧みに偽装をして死体を運び出した上、上衣一枚のみを残してほぼ全裸の状態で、人気のない山林に死体を遺棄して、無残にも腐敗、白骨化するに任せるなど、冷酷かつ非道である。被害者B子に対する犯行は、必死になって抵抗する被害者に布団をかぶせてその上から押さえつけ、被害者の抵抗が一向に治まらないと見るや直接頸部を両手で強く絞めつけて殺害し、殺害後は、逃走資金として同女の財布からその所持金をも窃取したもので、執拗かつ悪質である。しかも、各犯行後は、いずれも犯跡隠蔽の上逃走し、B子に対する犯行後は足を骨折したことはあったものの、いずれも平然と勤務先での仕事に従事するなどしており、被告人の非情な態度が窺われる。

わずか二か月足らずの短期間に、二名もの貴い生命を奪った本件犯行の結果は極めて重大であるというほかなく、無残にも殺害された被害者両名の無念は察するに余りあり、年若い最愛の娘を奪われた被害者の両親らの被害感情が誠に厳しく、被告人の厳重処罰を求めるのも無理からぬものがある。加えて、本件が凶悪事件としてマスコミ等で報道されたことにより社会に与えた影響も軽視できないことをも考慮すれば、被告人の刑責は極めて重大であると言わなければならない。

もっとも、被害者B子は、SM嬢として見知らぬ男性とホテルの密室で単身で接し、SM行為に臨んでは全裸の状態で身体を緊縛されることもあるのであるから、客の性格等によっては相当の危険が伴うことが十分予測し得るところであったのにもかかわらず、敢えてこのような危険な状況に自ら身を置き被害に遭ったものであり、被害者A子については、SM行為によって被告人を知ったのみで、その性格等を十分に知らないままSMクラブを離れて被告人と個人的に行動をともにし、モーテルで肉体関係を持つなどして本件被害に遭ったものであって、被害者両名の側においても責められるべき点がないとは言えない。また、被告人はその全資力をもって、各被害者の遺族に対し合計約一二〇〇万円を支払い、慰謝に努めている。さらに、被告人には前科がなく、出生時脳障害により年少時からその内面において苦悩を続け恵まれない生活を送ってきたこと、現在では、犯行を深く反省し、被害者の冥福を宗教的活動を通して祈る毎日を送っていることなど被告人に有利な事情も認められる。

以上のような被告人にとって有利、不利一切の事情を総合考慮すると、被告人に対しては無期懲役刑を科するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋省吾 裁判官 伊藤 納 裁判官 堀田眞哉)

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